レポート:オービア(カリブ海のブードゥー)

今回のレポートでは、カリブ海のデビューとして「オービア」に関して調査をしてみました。
オービアとは、西アフリカから奴隷産業によりカリブ海に渡ったとされる、一種の宗教的儀式です。アフリカではブードゥー(黒魔術)ですが、カリブ海ではオービアと呼ばれます。オービアはカリブ海の多様性を反映し、アフリカのブードゥーから進化したものとも言えます。元々カリブ海に居住している原住民や、大英帝国の開発支援に雇われたヒンドゥー教徒の影響も受けているそうです。
ヒンドゥー教の影響はかなり強く、カリブ海の島国の宗教の一つである「ラスタファリアン」教にもその影響を及ぼしています。ラスタファリアン達は髪を長くドレッドロックに巻いて、主に野菜を食卓とし、頻繁に断食をして、神聖に近づくために大麻を吸います。
調査をしに出向いた国はベネズエラに隣接した島国:トリニダード&トベイゴ。本調査を行った背景は、アメリカでの本の営業推進企画に挫折し、ロサンゼルスからマイアミまで Amtrak の電車に乗って東海岸に辿り着きました。マイアミからカリブ海への航空便は多数あっため、このチャンスを逃さず2026年2月末にトリニダードへ飛びました。

トリニダードの食べ物は想像以上に新鮮で美味しかったです。観光客が好む「Shark & Bake」もあれば、「Ital Stew」という、野菜しか入っていない煮物や、ジャマイカ由来の「BBQ Jerk Chicken」などと多彩でお手頃した。西半球熱帯地で育つ食材を取り入れた料理を目にすることができて、個人的にはとても新鮮でした。
Shark & Bake は白身魚を揚げて、油で揚げたパン(Bake)に挟んで、多数のソースをかけて浜辺で味わいます。油揚げのパンのわりには全然油っぽくなく、手作りソースは魚の揚げ物と相性が抜群で魚の鮮度とソースのそれぞれの個性を味わえます。Tamarind Sauce、Chandon Beni Sauce、Pepper Sauceに、マンゴスライス、唐辛子の漬物、パイナップルなど、ヨーロッパやアジアでは見たことのない組み合わせが見事に調合され、毎日とても豊かな食生活を送ることができました。Shark & Bake はたったの $7 USDドル程度でした。ビーチに立つ Shark & Bake の屋台の店主たちが、一日中何百人もの人がソースを自由に取っているにもかかわらず、ソースの器周りを常に清潔に保っていたことに感心しました。


Ital Stew とはラスタファリアン教の料理でヒンドゥー教のアユールヴェダにとても似ており、調べてみたらアフリカから来た奴隷達がインドから来た年季奉公(Indentured servant)との文化交流が起きて生まれた食文化だと分かりました。アユールヴェダと似た点は食材の「活力」(新鮮で、死や化学調味料によって穢れていない状態)を強調するところです。逆にインドの料理と異なる点は、僕が見た限りスパイスや油をそんなに加えていないところでした。この調査で大変仲良くなった、八百屋を営む「Ganjaman」は様々な澱粉性の根野菜を水に茹でて Ital Stew を作りました。キャッサバ、ダシーン、ヤム、サツマイモ、エッドー、プランテン(硬い、緑色のバナナ)や人参を豆と煮込んでから、Dumpling という小麦粉と水で練ったパスタのようなものを加えて味わいました。とても純粋でまろやかな味の料理で、カリブ海に来て好みのネバネバ系の野菜をこのように大量に味わうことは想像しておりませんでした。

Ital Stew
無数のカリブ海の島国の中から本調査にトリニダードを選んだ理由は、当国の民間説話の書籍を「メルリン」という方からお土産でいただいたためです。本調査の準備として、書籍を読んでトリニダードの文化をある程度勉強してから出向きました。こうして読書を通して調査前に準備万全にすることは2024年に参加したヴィパッサナ瞑想センター以来です。事前準備に読書をする理由は、騙されたり欺かれないことを保証するのもありますが、それ以上に、限られた時間内で元が取れる調査を可能にするメリットもあります。
飛行機内で僕の隣に座った60歳くらいの男性が声をかけてきた。彼はヒンドゥー系トリニダード人で、僕の渡航目的を聞くと、さまざまな情報を共有してくれた:
・オービアの宗教とは先祖の霊を崇め、我々を見守っていると信じる。
・オービアの儀式に参加するには、招待されなければならない。
・オービアに興味があるのなら、オリーシャ教の人たちに近づけと。
・彼らは身を隠し、単発的に儀式を道端などで開催し、済んだら去ってゆくと。
また、僕は調査のタイミングを慎重に計って渡航しました。何故なら、2月初旬はカーニバル期間なため観光客で賑わい、販売機会を目当てにした利益目的の「オービアマン」を避けるためです。実はカリブ海の人々は全般的にオービアに対して非常にネガティブで疑惑的なのです。「ただのデマ」、「詐欺師たち」と、民間説話の書籍をプレゼントしてくれたメルリン氏は僕に忠告をしました。


民間説集とパトワ英語用語帳
本調査はオービアだけではなく、カリブ海の雰囲気や文化が分かりやすい様に日記方式にて書き留めてみました:
Day 1:
まるでアフリカに来たかのようだ。道は黒人ばかりで、爆音でレゲェ音楽を鳴らしている。夜中に空港について近くの街までチャリで走った。想像以上にホテル代が高い。観光地のはずなのに、安い物件が中々見つからない。探したら一泊8000円くらいのラブホテルを見つけた。リセプションは特殊な内から外にしか見えない強化ガラスと、お金を受け取る小さな穴しかない。相当治安が悪いのだな。
Day 2:
トリニダードのショッピングモールへ行ってみた。とても綺麗で広い空間。この島にはスタバが多数あって、石油事業が発展したためどうやらかなり裕福な国のようだ。スタバの外で物乞いの女性が僕にアプローチして、お金を渡したらオービアについて尋ねてみた。「気をつけてください。オービアは闇の力で、良いことは一つもありません。それでももしオービアに触れたいのであれば、必ず牧師に守りを祈ってください。この世には、あなたを永久的に変えてしまう力があります」。
これを聞いたら、インドで体験したヴィパッサナ瞑想センターのことを思い出した。10日間の沈黙瞑想の悪夢。瞑想センターは実は洗脳センターで、誰も存在しない、全てが幻想だという虚無的な思想に身を失ってしまう危険がある、とてつもなく邪悪な場所だった。気をつけなければならない。皆そう言う。
それにしても都会にいてもオービアを見つかりそうにない。そんな雰囲気ではない。地図を見ると、トリニダード島の北側の山を越えたら「Maracas Bay」という場所がある。そこへ行けばトリニダードの別の顔が見れるはず。僕は翌日 Maracas Bay に行くことを決心した。

Day 3:
Maracas Bay への道は大変険しい。狭い山道をひたすら450メートル登って、重度熱中症になってしまった。さらに皮膚が火傷して、宿に着いてシャワーに入ったらとてつもなく皮膚が痒くなった。幸い、アルメニアで買った天然の手作りシーベリーオイルをかばんに入れてきた為、皮膚に塗ったらその油は吸収され、炎症はおさまり、火傷は冷めて、痒さが無くなった。
Maracas Bay はとても綺麗な村。ここに滞在して住民の信頼を得たら調査が進められそうな気がした。
Day 4:
昨日の過酷な自転車旅から回復するために宿に残った。この村の雰囲気はとても良い。あと、空気が実に爽やか。山の南側の都会は埃と砂で空気は汚染されて、暑さがまとわりつくが、山の北側は大西洋の貿易風が常に吹いているため涼しくて綺麗な空気に包まれる。本音を言うと、これほど天気の良い場所はこれだけ世界中を旅した中、経験したことがない。
同時に、この日にトリニダード&トバゴでは緊急事態宣言が発令された。ギャング暴力のためだという。でも、危険な雰囲気はそんなにしない。また、村の住民達にオービアを探していると尋ねたら、変な顔をされて、怪しまれると同時に忠告された。気をつけろと。
Days 5–10:
六日間、ビーチに面した Shark & Bake 屋の屋根下で貿易風をひたすら受けながらのんびりした。これがカリブ海の雰囲気だ。残念ながら人に尋ねてもオービアは見つからない。どうやら村人達は僕のことを相当怪しんでいる。肌が白い者は僕だけで、それも単身のゴツい男性が一人だけポツンと宿に何日間も泊まっている。単純に黒魔術について調査をしにこの島にやって来たのだが、かなりこの国の文化について世間知らずであることを認めなければならない。なぜならば、トリニダードはたった1ヶ月前にべネズエラの大統領が奪い去られた「特別マドゥロ作戦」の発射台。この近海は米海軍やスパイやドローン無人機がウロウロしている。それを先立った、麻薬運搬ボートの爆撃作戦も現在進行形で近海で起きており、実に死体もこの島の浜辺に流れてきていた。スパイとして怪しまれておかしくない。ましては「オービア黒魔術を探している」などと、彼らにとって意味不明な渡航目的はなおさら警戒心を人々に与えている。
それでも僕は Shark & Bake を食べて毎日を満喫していた。金曜日の夜、宿の周りにストリート・パーティーが開催され、家の前にしゃがみこんで観察していたら「君誰?」と声を掛けられて、近所の女の子達と75%強度のアルコール「Puncheon」を飲みながら夜を過ごした。
Day 8:
現金が底をついてしまい、バスに乗って首都 Port of Spain へ足を運んだ。Maracas Bay には ATM 機が一つも無い。街中はまるでアフリカのゲットーのようだ。埃に滲んだ暑い、湿った空気にイカれた眼をした物騒な黒い者たちが行き来する。大通りのベンチに座って休んでいた僕に一人の男性が声をかけてきた。男性は、自分はツアーガイドだと言い、オービアをする人たちに紹介できると約束をした。電話番号を交換し、適切なツアーのプログラムを提案してくれと依頼した。
翌日男性と電話で話すと、彼は僕に次の提案をした:$150 USD の料金で一緒にバスに乗って山奥の谷へ行って、彼の知人に紹介すると言う。僕はこの提案を批判した:
J:「貴方の提案では料金の保証はあるものの、僕がオービアと出会う保証がありません。別のもっと良い方法はないですか?」
男:「ちくしょうめ!!お前は私を侮辱している。私は何十年もツアーガイドの仕事をしている。私は長年日本人観光客にツアーを提供しているが、お前は彼らと同じではない!恥を知るべきだ!私の時間を無駄にするな!」
と、プチっと電話を切られた。
なんと狭量で卑しい心の持ち主だろう。彼の痛烈な酷評を聞いて、幼い頃ロンドンで衝突した黒人のガキどもを思い出した。奴らは本当に些細なことで激怒し、コントロールできない怒りの感情に負けて、暴力的になる性質があることを思い出した。そんなメンタリティーなんだな、ここも。
それとは別に、この日に Maracas Bay の隣のビーチに遺体が二つ流れてきたと噂が広まった。一つの死体はカリブ海の強力な底流に引きずられ溺れ死にしたとされる者。もう一つは、手足が鎖で結束された状態で浜辺に流れてきたらしい。これがトリニダードの緊急事態宣言の理由か。
Day 11: Ganjaman との出会い
ようやく村を出てトリニダードの北海岸を探索してみた。自転車で険しい山道を150メートルほど登ったら、ポツンと一軒の八百屋の屋台が丘の上にあった。八百屋の経営者は「Ganjaman」と呼ぼう。50代後半の黒人男性。彼は山面で野菜の栽培と直売を独りでしている。ナスやオクラに多数の根野菜。その他にもココアフルーツ、パイナップル、バナナなどの果物。加えて彼は「緑」も栽培していて、通りすがりの知人と必ず一緒に吸う。Ganjaman と緑を取り入れて会話をすると、トリニダードに着いて、初めて頭が働き始めた:
・もしかしたら僕はオービアを探す方法を根本的に間違えている。
・オービアとは危険視されている上、僕は既によそ者として相当怪しまれている。
・「調査目的」でオービアを知りたいと言っても、現地の人達がその理由を理解、増しては認める訳がない。
・そんなのでは彼らの秘密を僕に暴く訳がない。
・ならば、僕の方が彼らのマインドに近づかなければならないのだ。
・彼らのオービア黒魔術の使い方とは、敵に呪文をかけたり、愛人が浮気をしないように、黒魔術を使って定められたはずの運命を操ろうとする。彼らがオービアに頼る理由は、あくまで彼らがとても個人主義的で、感情的で、心が非常に狭いから黒魔術に裁きを求めるのだ。
・オービアはアンダーグラウンドな疑似科学で、彼らが想像した世界図を自分の都合に寄せて、暴力では解けない問題を解決してくれる。
・これまで様々なトリニダード人に「オービアをやってる人知ってる?」と何気なく問いかけて、必ず「なんの目的でオービアを探しているのだ?何か恨みを晴らしたい者でもいるのか?」と聞かれた。
・僕の答えはいつも「いいえ、特にいません。敵もいないし、物質的な欲も特にありません。単純にオービアについて知りたいのです!」と子供のように答えていた。
・そんなのでは闇の力であるオービアを暴けるわけがない。オービアに近づくには、本物の恨みが必要なのだ。
近頃僕をイライラさせていることを考えてみた。そうだ、MAX の借金があるではないか!MAX はユーラシアン・オデッセイの始めの頃、フランスで出会って、サルデニア島まで1ヶ月かけて自転車で僕についてきた若者。奴は僕がウクライナのザポリージア市に居た頃、突然電話でお金を借りたいと言ってきた。僕は自主的に金を貸してやった。その借金は3年後、未だに払い戻されていない。1年前に MAX が住むロンドンの家へ殴り込んで回収を試みたが、奴の友人に止められた。ちゃんと晴らしたい恨みが僕にあるではないか!
もう奴の居場所は分からない。連絡も途絶えてしまった。借金をしたまま消えた MAX への憎しみをモチベーションにオービアを探し求めれば、もしかしたらオービアに出会えるかも知れない。
トリニダード人のようなマインドセットを僕が持たなければならないのだと強力な確信にようやく目覚めた。電話で僕に逆ギレをしたツアーガイドのように。そう、トリニダード人にある「小ささ」が僕には無かった。その「小ささ」があれば、恨みを晴らしてもらうためにオービアを探し求めて、オービアに出会えるはず。本来ならば力ずくで借金を回収するのだが、もう二度と MAX と会うことはないだろうから、オービアマンを見つけて奴に呪文をかけてやろうじゃないか!

Day 12: オービアとの出会い。
親しくなった Ganjaman と会うためにもう一度丘の上へ自転車で登った。Ganjaman が営む丘の上の八百屋の裏は常に貿易風が吹いていて、いかなる蒸し暑さをすぐに吹き飛ばしてしまう、最高の爽快が感じられる絶好のスポット。ココナッツの木の影に立って、景色を眺める。一日中、いや、一生涯そこにいて良いくらい気持ちいい。オービアを行うオリーシャ教徒を知らないか Ganjaman に聞いてみた。「なんで?」と聞かれたら、MAX の借金の話しをした。ならばすぐに紹介できると Ganjaman は言って、彼は八百屋を閉めてタクシーを止めて二人でオービアマンを探しに行った。3km ほど丘から下ったところに谷間があり、タクシーから降りたら谷の中へと歩いて入っていった。谷間の道路名は Zorro Street 。谷の奥の方に家が坂の上に造られてあって、急斜面のドライブウェイを歩いて登った。ドライブウェイの右と左には祭壇のような小さな空間が両側に掘られていて、中に蝋燭が燃えていた。
家に辿り着いたら、中から老人が出てきて、Ganjaman に挨拶をした。僕たちは家の前に立って少し話した:
Ganjaman:「ヤーマン!この白人は貴方に宗教的な相談事があるというので、ここまで連れてきました。」
J:「はい。僕はオービアを探し求めている者です。よろしくお願いします。」
老人:「ふむふむ。」
Ganjaman:「それではジュリアン君、私の案内はここまでだ。ジュリアン氏は良い人だから、ゆっくり相談しなさい。」
J:「あ、僕と同じ名前なのですね。わかりました。ありがとうございます。」
Ganjaman はそのまま直ぐに場を去っていった。まるで、冥界の河ステュクスを連絡する渡り守りのカローンの様に、無事に僕を向こう岸にある世界へ届けてから、消え去って行った。この文書の読みやすさのために同名を持つ老人ジュリアンを「老人」のままにして、彼との会話をできるだけ思い出せる限りここに記録しました:
J:「すみません、突然の訪問を。僕は日本からやってきました、自転車の冒険家兼作家です。今は世界中興味深い文化を経験して、書いています。」
老人:「そうか。まず、『オービア』という言葉自体軽く口にしないことをアドバイスするよ。仮に『オリーシャ科学』に名称を変えた方が人々を怖がらせないよ。君達の文化には無いものだから知らなくて当然だが、『オービア』は大変ネガティブな印象があるのだよ、我々の文化では。」
J:「はぁ。そうでしたか。わかりました。実を言うと、トリニダードに着いてから12日間も経っていて、『オリーシャ科学』を探しに来たのに、中々見つからなくて苦戦していたのです。そして、色んな人に尋ねる内やがて気付いたのが、『オービアを探している』と言うと、必ず怪しまれることです。」
老人:「それは当然だよ。」
J:「そして、オービアを探している理由を聞かれると、彼らが理解できる理由を挙げられなくて、大変怪しまれました。よくよく考えると、僕の方に問題があったのだと気付きました。オービアが解決できる遺恨や欲が無いなら、それをまず見つけださなければならないことに気付いたのです。そして内面を探して、恨みが見つかったのです。僕は3年前に信用していた友人にお金を貸しました。彼は僕の信用を裏切って、未だにお金を返してくれませんし、連絡も取れません。『オリーシャ科学』の儀式で奴に呪文をかけたいと思います。いかがでしょうか?」
老人:「ジュリアン君。君が想像しているものと、我々がやる儀式は少し違います。我々の宗教では様々な儀式が行われ、君が求めているのもあれば、単純に音楽を一日中弾く、プージャという儀式もあります。実に、今週の土曜日に仲間達が私の家を訪問してプージャをやる予定です。よかったら、それに参加しても良いですよ。」
J:「おお。プージャですか。インドでも同じ儀式がありました。彼らも一日中休憩無しで楽器を弾き続けて神々を崇めていました。ものすごく参加したいのですが、残念ながら土曜日は僕がトリニダードを離れる日なのです。残念すぎます。」
老人:「そうか。まぁ、落ち込まないで。分かった、一つ君にオリーシャの味見をさせるよ。」
J:「本当ですか!!」
老人は椅子から立ち上がって、屋根付きのオープン式玄関を出て家の横にある寺院のような空間へ僕を案内した。玄関には様々な作り物が展示されていたが、一つも商品ではなく、趣味と宗教のために作っているという。ココナッツの種の皮から造られたシャカシャカ振る楽器や、民間説に登場する、「スクーヤント」や「ラ・ディアブレス」の化け物を象徴した木造。蜂たちの巣のための「家」も作られてあった。
寺院に入る前に靴を脱ぐように指示された。寺院の中の壁には見覚えのある宗教的印と、見たことのない印が描かれていた。やや不気味な雰囲気だが、恐怖は全く感じなかった。この寺院が大変神聖な場所であることは、老人の慎んだ振る舞いからして明らかだった。彼は長くて太い蝋燭を一本手に取って、着火させてから僕に手渡した。
老人:「ドライブウェイの右側に黒色の旗が立っている。その下に祭壇がある。この蝋燭をそこに持って行って、祭壇の中に置きなさい。同時に、君が抱えているいかなる問題もそこに置いておきなさい。そして、蝋燭を置いたら祭壇の横にあるオリーブオイルと Puncheon 酒、水と蜂蜜を3滴ずつ溢して儀式を完了させてください。さぁ、どうぞ。」
老人のアドバイスは賢明で、道徳に満ちていた。僕はこのチャンスを逃したくなかった。他人に認めることはないけど、万人と同じく僕は問題を多く胸に抱えていた。その内の一つは、オービアを探し求めて見つからなかったストレス。オービアを見つけるために妥協した自分の性格や価値観。そして僕はついに自力でオービアを見つけ、蓄積したストレスを一気に発散する貴重なチャンスに巡り会った。蝋燭を祭壇の中に置き、老人の指示に従って一人で儀式を行った。これも久しぶりの儀式だ。エジプトのシナイ山でやった塗油式以来だ。僕はこの儀式を行っている間、深い安静感に包まれ、肩から大きな重りが解かれたかの様に、すっきりした。
僕が抱えていた深い問題とは、一般の人の問題とは少し異なる。要は、こんな遠い島国にまで来て、異次元的な文化に触れ、オービアというブードゥー黒魔術を探し求めている自分が大きく人生に脱線してしまったことへの自覚が近年オデッセイの終わり以来、強まっている。よりによって変なものを冒険と調査と暇つぶしのために探しにきたが、かなりディープなところまで辿り着いてしまった。人々が恐れる黒魔術。。。それは果たして幸福を与えるものなのか?さらに言えば、必要なものなのか?
いずれにせよオービアを見つけた。正式な儀式に参加する時間はなかったが、本物のオービア実務師に巡り会うことに成功した。実務師は見つけたが、本格的なオービアは経験しなかった。でも、それで十分なのかも知れない。僕は満足できた。すでに僕は老人の知恵に満ちたお言葉に圧倒され、癒されたのだ:抱えているいかなる問題を祭壇の中に置いておけと。オービアは詐欺ではなかった。オービアは敬虔な礼拝だったのだ。

***
儀式を終えたら家の方に歩き出して、老人の元へと戻り、深く感謝を伝えた。この儀式はまさにその瞬間、僕にとって最も必要なもので、老人は僕に最も的確なアドバイスをしてくれた。全ての問題を蝋燭と共に祭壇の中に置いておけと。そのアドバイスと指示は華麗なシンプルさに満ちていて、僕はそれを認知した。
老人に気持ちを伝えたら彼も大変喜んで、心を開いてくれた。
老人:「我々オリーシャ教徒は善悪が激しいんだ。だからお金を求める者には気を付けることを忠告するよ。私はもう78歳で、お金で君との関係を汚すことはしたくない。それは良くないこと。」
J:「どうもありがとうございます。お金の力は真実の力です。そして、真実は多くの場合、醜い事実を秘めていることは、僕も長い旅から経験して、熟知しております。」
ちょうどその瞬間、地面に蹲み込んだ僕の前を1匹の白い犬がゆっくりオロオロと通って行った。しかし、犬は酷い怪我をしていた。左眼から血が出ていて、グロテスクに腫れていた。この犬を見て、冷や汗が出た。
J:「あれ!今の犬の怪我、見ましたか!?」
老人:「うん、隣の家の犬だよ。隣の主人が犬の世話をしている。」
J:「あの眼の怪我は?!」
老人:「知らないけど、隣家の犬だから世話をしているのは隣の人だよ。」
老人は全く無感動だったが、僕はかなり焦った。何故ならば、MAX にオービアの呪いをかけるとしたら、どんな罰が適切なのか昨日考えていたばかりだったのだ。少額の借金のために死の呪いをかけたら行き過ぎだが、眼を失明させる罰則なら公平だろうと、ちょうど昨日考えていたのだ。そして、儀式を終えたすぐ後に、眼の大怪我をした犬が僕の前をスラーっと通って行った。不気味過ぎる。
さらにオービアとの関係で、カリブ海の人々が話すパトワ英語では、「Evil Eye」(邪眼)という概念が存在する。敵に黒魔術をかける時に「Put the evil eye on him」と言うらしい。MAX に Evil Eye を掛ける意思は蝋燭の儀式をするまではあったが、儀式ではそのような願いは祈らなかった。それでも、僕の前をゆっくりと片眼から血を出した犬が通った時に、オービアには手に負えない強力な魔の力があるという無数の忠告を思い出して、ゾッとした。

***
老人と1時間くらい彼の家の横のポーチに座り込んで話した。老人は現在の世界情勢に対して深い不安を抱えていたことを公開してくれた。78年の知恵と経験に基づいた不安。僕ら若者にとって不吉な前兆。それも、トリニダードはベネズエラから僅か10km。二つの国の住民は昔から互いを助け合ってきたと言う。食糧不足の時に、べネズエラから小船で食糧が送られてきていたと老人は語った。しかし、チャヴェズ大統領になって、石油を国民に実質無料化したら、アメリカがそれを憎み、制裁と圧力をかけ始めたと言う。チャヴェズの後を継いだマドゥロ大統領は、奇妙なことにチャヴェズの「兄弟」と老人は呼んだ。そして国民を優先し、アメリカの圧力に対抗するという正義と悪の一連の抗争は、マドゥロの捕獲でつい1ヶ月前に終末に至った。老人の道徳、知恵と知識と経験は尊敬に値するもので、彼によるカリブ海の地政学と歴史と文化の説教を聞くと、僕は聞く体制を取る他になかった。
宗教の話に回ると、生贄について語ってくれた。羊、山羊、野鳥など。様々な生贄の儀式はオリーシャ教徒が崇める先祖の霊を喜ばせ、霊はそれを倍に返すのだと老人は胸を張って言った。僕はこのチャンスを逃さなかった。「ヒトの生贄はありますか?」と尋ねてみたら、老人の笑顔は顔からスッと消えた。「私はヒトの生贄については何も知りません。噂で聞いたことはありますが、それは良い訳がないです」と。僕は空気の緊張感を解すために冗談の質問のフリをして笑い飛ばしたが、密かに老人の言っていることの矛盾に気付いていた。オリーシャ教徒の信条では、先祖の霊は生贄を好むというのに、何故にヒトの生贄は別の扱いなのだろうか。それもこの宗教の謎の一つなのかも知れない。この地域の人達は、僕らヨーロッパ人やアジア人には到底理解できないメンタリティーの持ち主だ。少なくともそれだけはこのトリニダード&トバゴへの出張で学んだ、確かなこと。
老人は僕にココナッツを一つオファーした。美味しそうにココナッツ水を殻から直接飲む僕を見ていた老人は、次にお土産物を渡したいと言って、家の中に入って行った。老人は冷蔵庫から茶色い棒のようなものを取り出して、僕に渡した。カカオスティックだ。トリニダードは世界で最も美味しいカカオ豆が取れることで有名。その天国の様な香りを嗅いでみたら、まるでスイッチが切り替わったかのように、僕の関心はオービア黒魔術から、チョコレートへと完全に切り替わった。
J:「こ、これは!まさか手作りのチョコレートですか!?」
老人:「はい。私の土地にカカオ畑があります。カカオフルーツの豆を取り出して、干して、沸騰させて粉状にして他のスパイスと混ぜてから棒などの形にします。どうぞ、持って行ってください。」
僕は手作りカカオの香りに凄まじく魅了された。本物のチョコとはこんな香りなんだ、と。老人はカカオスティックをおろし金にかけてお茶に淹れることを推奨した。
これ以上老人の時間を奪ってもしょうがない。トリニダードに居る時間は残り僅か。そして残された時間で何をするか、この場で分かった。それは、できるだけ本物のカカオを集めること。こんな濃厚なチョコの香りは初めてだ。様々なチョコレート商品はスイスやベルギーのチョコレートの形で味わってきたが、これほど純粋なものは初めて。意外なデライトだ。
オービアに関しては決定的な判断は下せない。もしも MAX の眼に何か負が訪れたとしたら、それはオービアの力を示唆するのかも知れないし、単なる偶然かも知れない。でも、この楽園のような島で、微かな闇を目にすることができた僕は、深い満足感を持って島を離れられそうだ。そして、もしも僕の人生にオービアが必要となる時が来たら、どこへ行けば見つかるか分かった。
以上

